| 1690年頃から: (元禄時代から) | 白米食が江戸に普及し始め、江戸にしかいない病い(江戸わずらい)が発症。 cf. [櫻木1974] 江戸わずらいは「脚気」のこと。当時は原因分からなかった。 |
| 1870年頃から: (明治初期から) | 白米食が農村も含め日本全体に広まる。 cf. [櫻木1974] 国民全体が三度三度白米を食べられるようになるのは1960年頃か。 cf. [大海2001] |
| 1910年頃: | 脚気が玄米等で回復することや、原因がビタミンB1の欠乏であることがほぼ分かる。 cf. [Wikipedia] Casimir Funk, 鈴木 梅太郎 |
| 1923年: | 日本の脚気死亡者数がピーク。 cf. [Wikipedia] |
| 1971年: | 岩崎 輝明 氏が、酵素研究家 岡田 悦次 氏と共に玄米酵素の製造販売を始める。 cf. 株式会社玄米酵素 |
| 1970年代: | 医師の長岡勝弥氏により「長岡式酵素玄米」が考案された。 cf. 長岡式酵素健康の会 本部 |
| 1997年: | 「発芽玄米」という言葉が使われるようになってきた。 cf. [大海2001] ・「発芽玄米」にすることで柔らかく、栄養価・うまみが向上 (フィチン酸等が変化する話、GABAの話など) ・「発芽玄米」は、栄養価が落ちない程度に芽の伸長を止めた状態 |
| 2008年: | 日本美健が、「発芽酵素玄米炊飯器」を販売し始める。 cf.『New圧力名人』 |
| 2009年: | 荻野 芳隆 氏が代表を務める「結わえる」が「寝かせ玄米」の事業を始める。 cf. [荻野2013] |
| ・[櫻木1974] | 櫻木 健古 (さくらぎ たけふる)、「玄米食のすすめ」、風媒社、1974。 |
| ・[鈴木1977] | 鈴木 弘一 (すずき こういち)、「自然食と玄米酵素」、アロー出版社、1975。 「玄米コーソ」(株式会社玄米酵素の商品と思われる) の効果 (体験談) を多く紹介。 |
| ・[黒岩1985] | 黒岩 東五 (著)、、「発酵玄米の効用」、健康医学社、1985。 監修は、杉 靖三郎 (生理学者、医師)。 |
| ・[大海1997] | 大海 淳 (おおうみ じゅん)、「発芽玄米の謎」、二期出版、1997。 私は入手できず。 |
| ・[大海2001] | 大海 淳、「発芽玄米のすべて」、生活環境科学研究機構、2001。 [大海1997]の改訂版なので、当ページでは、[大海1997]と同じとみなす。 |
| ・[荻野2013] | 荻野 芳隆 (おぎの よしたか)、「寝かせ玄米生活」、マイナビ出版、2013。 「寝かせ玄米」は、「株式会社 結わえる」の商標。 |
| ・[荻野2025] | 荻野 芳隆 (おぎの よしたか)、「新版 寝かせ玄米生活」、マイナビ出版、2025。 [荻野2013]の新版。 |
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